第38回 神戸市文書館って? ~建物の由来にそむく~

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神戸市文書館。かつては神戸市立南蛮美術館だった。建物は、昭和10年代に建てられた(神戸市中央区熊内町8丁目で)

新幹線新神戸駅からバス通りに沿って東へ歩いて10分。通りの南側に神戸市文書館がある。昭和10年代に建てられた“昭和モダン”の洋館。南蛮美術品を収集していた篤志家が、作品を収納する美術館として建て、市へ寄贈したものだ。長い間、旧神戸市立南蛮美術館として神戸市民に親しまれてきた。

その後、南蛮美術品が市立博物館に吸収され、建物は文書館に衣替えした。「まったく機能を果たしていませんよ」と、歴史専門の大学教授は批判する。文書館には「新修神戸市史」編集のために収集した資料が保存されている。だが、市史も肝心の「古代・中世」編は未完で、発刊のめどが立っていない。教授は「文書館の職員は管理するだけで、古文書を読める人がいない。調査・研究は神戸大学に委託している。こんな状況では、市民が訪れてもあんまり意味がないし、事実ほとんど利用する人はいない」と、手厳しい。

実際、文書類では江戸時代の商家関係のものが数種類あるにすぎない。すでに刊行された本「新修神戸市史」に詳しく書かれた文書を、わざわざ見にくる人が少ないのも当然だろう。

美術館時代の30年前に、ここで重要文化財の「泰西王侯騎馬図」「南蛮屏風」「聖フランシスコ・ザビエル像」などの名品を見た私としては、この建物が文書館というのは寂しい。南蛮美術品にふさわしい器をという篤志家の思いをよそに、文書館にしてしまったのは、行政の大きな失点だった。

(2006年5月20日)

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